2014年10月30日木曜日

もっとシンプルに「すきっ」をーー森見登美彦「恋文の技術」


森見登美彦の物語は人形劇のための戯曲のような印象。
登場人物たちもかわいくてくるくるとよく動いて濃くて、愛嬌がある。
そして人間関係の繊細なベクトルとかOPPAI!!とかに心を甘酸っぱくさせている。
自分の気持ちを伝える、たったそれだけでいいはずなのに、そうだよなあそれがこんなにも難しいんだよなあ、そんなことを再確認させてくれる一冊でした。

以下ざくっとあらすじ、良かったとこ、あえていうならの3つをログ。




ざくっとあらすじ

京都大学農学部から石川県能登の実験所への「武者修行」を命じられた主人公・森田一郎。
一郎は孤独に打ち勝つため恋文の技術を獲得すべく、恋に溺れるマシマロ体型の友人、宇宙飛行士を夢見る妹、OBで小説家の「森見登美彦」、家庭教師として勉強をみていた小学生、豪傑な女先輩、そして憧れの女性へと手紙を出しまくる。


良かったとこ

後半、主人公森田が意中の女性伊吹さんに出した手紙。以下引用。

「僕はたくさん手紙を書き、ずいぶん考察を重ねた。
どういう手紙がよい手紙か。
そうして、風船に結ばれて空に浮かぶ手紙こそ、究極の手紙だと思うようになりました。伝えなければいけない用件なんか何も書いてない。ただなんとなく、相手とつながりたがってる言葉だけが、ポツンと空に浮かんでる。
この世で一番美しい手紙というのは、そういうものではなかろうかと考えたのです。」


手紙を出すって時点で伝わる人には伝わる。むりやり伝えるべき言葉を探さなくてもいいんじゃないかな。もっというと、それが相手に届かなくたって。
そういう意味なのかな、って思った一文でした。



ここからわたくしごと。

ブログを読んだり短歌を詠んだりして、ことば遊びができる人間に生まれて良かったなあとは思う反面、ことばに縛られてきゅうくつだなあと感じることもある。ある程度の意味とか伝えない用件とか相手の反応とかとか考えなくちゃいけない。

そこいくとtwitterの☆、「ふぁぼる」ってすばらしい。
「すきっ」って総意をシンプルにかつ脊髄反射的に相手に伝えることができて最高。別に宙に浮いたまんまでも、相手に届かなくてもいい。
クリップ的用法もあるだろうし相手に反応を望む人ももちろんいるだろうけど、私は投げっぱなしジャーマン、投げキッスくらいの気持ちで使ってます。

毛づくろいとかふぁぼとか、もっとざっくりと「すきっ」って気持ちを伝えられればいいのにね。

そんな感じ。


あえていうなら

森田くんの意中の女性「伊吹さん」、最後に出てきて符牒があうのかなーと思ったらラストそうでもなかった。もしかして森田少年が文通をしていた年上の女性が伊吹さんだったのでは!?と思ったけど出来すぎか。
「夜は短し~」でも一定の登場人物のなかで実は、という人たちと過去がつながっていたりして、そのパズル感もおもしろいです。
あと森見さんて文体が独特なので読み終わったあとしばらく感染するんだよね。このマシマロ野郎が。









2014年10月24日金曜日

大沢在昌「小説講座 売れる作家の全技術ーデビューだけで満足してはいけな い」

「もっとメタで物語のしくみを理解したい」
こないだはじめて小説を創作してみて、そう思ったので手にとった本。




 総論からいうと、「あ、これ2,3回読みなおすな」って満足度でした。
12人の作家志望者の習作を材料に、「新宿鮫」でヒットを続けるエンタメ作家、大沢在昌がアドバイスやテクニックを講義・実地解説する形式。
なので具体的、実践的。
小説家志望の方のみならずエンタメ・ミステリ系小説が好きな読者の人にも、より作品を俯瞰して楽しむ視点が備わる内容ですな。



気になったとこざくっと

・複数の登場人物を登場させるには?
短編でも長編でも他視点で小説を書くことは可能です。……緻密な設計図をつくりパズルのように視点を合わせていって最後に一つの大きな絵を作る。ちなみに宮部みゆきさんは設計図なしで書いてしまいますが。

宮部さんはミステリとか視点が入れ替わったり伏線が入れ子状態になってるものが多い印象なんだけど、あれ全部設計図なしってSUGEEE


・描写に困ったときの虎の巻「天・地・人・動・植」の5文字

小説に陰影とリアリティをつけるためのtipsですって。書く人に役立つのはもちろん、読むときここらへんも意識すると面白いかも。


・伏線の張り方
そもそも私は、ほとんどプロットを考えないで書き始める人間なので、伏線は無意識に散らばしていくんですね。使う伏線もあれば、使わない伏線もあって、使わない伏線というのは、それが「伏線」である限り、読者は気づかずスルーしてくれますし、いかにも伏線的に立っているけど伏線として機能していないと思ったらあとで削ればいい、そういうやり方をしています。

→私はいままで「伏線は回収されなければいけない」と思ってたんだけど(ことにミステリとか警察小説なら)、伏線出しまくって回収しなくてもいいんだ!と目から鱗。つーかプロットほとんど立てないで書き始めて整合性があってしかも面白いってすごい。
何度も書くけど村上春樹も川上弘美も「書いたらこうなった」って自動筆記型だと聞いたんだけど、才能ある作家ってもともと自動筆記型のほうが多いのかな。別の世界の生き物のようだ…。


・「ないもの」にする努力を
あるものをただ思いついて書くのではなくて、あるものにないものを足すことによって、これまでになかったものを作り出すというか、変な言い方だけど、もっと「ないもの」にしていく努力をしてほしい。
ありふれたテーマや舞台設定でも読者に魅力的に読ませるには、エッセンス的なアイデアだったり高い筆力が必要だろうなあと思う。
筆力/テーマ/アイデア、どこかで「ユニーク」を目指さなきゃいけないんだな、新しい作品を世にだすってそういうことなんだな、と。

・ほかにも
とにかく本を読め、自分の世界を広げろ
好きな作品を解体分析せよ
いい話にも「トゲ」が必要だ
何を読ませたいかを自覚する
読者はM、作者はS


などなど、たくさん。

「あーたしかに!読んでて焦れる焦れる!」「じんわりいい話よりもトゲのある話や人物のほう覚えてる!」など、自分が読者として物語を楽しんでいて思い当たることばかり。
今まで小説とか漫画とか読んでて、「おもしろい/つまらないんだけど、なぜそう感じるのかわからない」状態だったんだけど、この本を読んでその快・不快の理由が明らかになった。ちょっとスッキリした感じ。
大沢在昌先生も歯に衣着せずズバズバもの言ってて読んでて気持ちいいw
対話形式が多くてスラスラ読めた。



あえていうなら
12人の作家志望者を受講者として、彼らの課題作を実例に批評・助言している。
特に後半は各志望者への丁寧な個別つっこみなんだけど、いかんせん読み手は作品のあらすじだけをもとに作品内容と大沢先生の言ってることを符号させなきゃいけない。
前半読みやすかったぶんダレるっちゃダレるかも。
集中して読んでみれば「受講料無料でプロ作家がここまでアドバイスしてくれるって超贅沢~!」って実感できるんだけど。



物語をさらに楽しみたい人、作家の舞台裏や苦悩を垣間みたい人は手にとって損はないんじゃないかなと思います。高橋源一郎の講座の本もサジェストされたけどこっちはより観念的な内容みたい。
次読んでみようか迷い中。





関連リンク

「技術」は教えることができても「才能」はそうはいかない - エキレビ!(1/3)


小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない 大沢 在昌 感想・レビュー 1ページ目 - 読書メーター





2014年10月15日水曜日

「人口学への招待」で少子化問題の大枠にトライ

こないだの会議で住んでる県の少子高齢化問題についてなんかしゃべんなきゃいけなかったのでちょい勉強。
以下ざくっと本の感想ログ。



人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)










紙の本の発売:2007年08月
電子版発売日:2014年01月10日


概要
この本にも書かれているとおり、少子高齢化といってもその言葉が含む問題のジャンルは多岐にわたり複雑に絡み合っている。
それをひとつずつ解きほぐして解明するための手助けになるツールが「人口学」だと著者の河野稠果はいう。
本書の内容は少子化高齢化の問題についてというよりも、人口学の基礎とその歴史をおさらいする、いわば「人口学」の入門書。
そのため一般素人の私にはちょっとむずかしめだけど、まず大枠をおさえるには良いかなーと手にとってみた。



メモログ


・人口学の構造
人口学は「歴史」「経済」「社会」「生物」「政治」の5面からアプローチする。

・人口減少率の世界での格差
北ヨーロッパは低め、一方で南ヨーロッパ、東アジア諸国は高め


・授乳保育の期間と出生数に着目する
授乳哺育期間と出生数は地域、文化によって差異がある。
一般に授乳哺育の期間が短いほど早い排卵再開、次子妊娠につながる。

・結婚が成立する条件
①結婚の機会
②経済的な面での結婚のしやすさ
③結婚することへの圧力

・結婚について異性に求める条件の国際研究結果
男が女に対して…若さ、美貌
女が男に対して…経済力、将来性




人口学へのアプローチは多面的だけれど、少子高齢化の原因と考えられる解決策の道筋は大体定まってるみたい。
つまり「結婚する機会そのものがない(見合い結婚の減少含む)/経済的不安定/結婚することへの圧力が弱まっている」、くわえて結婚条件のミスマッチ。
とくにこれが顕著な地域に少子高齢化が多くみられる。わーうちの県ドンピシャ。

難しい数字やデータの解説は極力省いたということだけれども、研究結果や数字、データの根拠はちゃんと載ってる。各章の中から特に自分の知りたいと思う分野を絞って次の一冊を選べばいいんじゃないかな。


北ヨーロッパはなんで人口減少率が低いのか気になるなあ。
つぎここらへん読んでみようかなあ。





関連リンク:
少子高齢化について語るなら必読~『人口学への招待』
河野稠果著(評:小田嶋隆):日経ビジネスオンライン

少子高齢化について語るなら必読~『人口学への招待』 河野稠果著(評:小田嶋隆) ...


人口学への招待 少子・高齢化はどこまで解明されたか - 河野稠果 - 電子書籍ストア BookLive!




2014年10月11日土曜日

警察ドラマ・小説が好きな人にはおすすめー刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門

抹茶です。
コンビニで惹かれて衝動買い。警察小説・ドラマ好きな人にはわかりやすくていいんじゃないかなって一冊です。


「刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門」
★★★☆☆





古くは西部警察から太陽にほえろ、最近だと踊る大捜査線・相棒やダンダリンなどなど古今の警察ドラマを材料に、警察機構と各部署の機能とドラマ・現実のちがいを解説したもの。

これによると「西部警察」とか「危ない刑事」の頃はわりとありえないフィクションをバンバン入れてたらしい(ライフルぶっぱなしたりタカが車の免許もってなかったりw)。
最近のドラマ映画はそんなこともないだろうとおもいきや、「踊る大捜査線」の時点でもまだ演出のためにあるはずのない真下正義の昇任試験勉強のエピソードとか演出のために入れてたんだって(真下正義は試験を受けなくても昇進できる)。へー。

他にも巡査部長、警視、警視正とかいっぱいあって覚えきれない役職をわかりやすく一覧で表にしてたり助かるっす。
ルパン銭形の出向してるインターポールは「国際犯罪者の逮捕をより円滑に行う」仲介役みたいなとこで、実際の専任官はいないし逮捕権もないとか、マッポ・デカなど独特の警察用語の由来とか。

惜しむらくは資料の羅列みたいな感じで文章の事務的・つめこみ感が否めないんだけど、警察小説やドラマをもっと楽しみたいという人にはいいんじゃないでしょうか。

相棒新シリーズも始まりますしのー。


次はこれ読んでる。

 

2014年10月8日水曜日

人ってさびしい、人ってやさしいー吉田秋生「海街diary 」(と、私)

やっと手を伸ばせた、読みたかったマンガ。
吉田秋生「海街diary」 は月間フラワーズで不定期連載されている作品。現在6巻まで出てます。
鎌倉を舞台に、父の死をきっかけに一緒に暮らすことになった三姉妹と異母妹、そしてその周辺たちが織りなす優しく、時にさみしいヒューマンドラマ。





長女幸(サチ)、次女佳乃(よしの)、三女千佳(チカ)、そして彼女たちと父を同じくするすず。
ストーリーの中心となるこの4人の年齢がうまくアラサー〜中学生というようにばらけているため、それぞれの年代で直面するライフイベントを垣間見ることができる。 
タイトルに(と、私)と入れたのは、ちょっと私が今いる状況と重なって、主観的に読みすぎてしまったから。
以下ざくっと心に残った場面ログです。


三姉妹とすずが父の葬儀で初対面する場面。すずの実母は早くに病気で亡くなって、後妻で入った女性陽子サン(つまり彼女たちの父にとっては3番目の奥さん)とその息子たちと暮らしていた。
旦那さんが亡くなって泣きじゃくってる陽子サンに代わり周りの大人たちがすずに出棺のあいさつをさせようとするところで、長女サチがその陽子サンをバシっとたしなめる台詞はきいたなあ。
「これは大人の仕事です!」
「おとなのするべきことを子供に肩代わりさせてはいけないと思います」

その後、父の病状の世話を後妻陽子サンの代わりにずっとすずがしていたと見抜くサチ。サチに「ありがとう」といわれ、そこですずは押し殺してきた感情が溢れてきて、はじめて中学生の子どもに戻って号泣してしまいます。


ほかにも、すずのサッカークラブのチームメイトでエースキャプテン裕也が突然の足の腫瘍(おそらく骨肉腫?)で利き足を切断せざるを得なくなって、まだほんの中学生でその絶望をどうやって乗り越えるのかとか、長女サチの勤務する市民病院で、患者さんたちとどう向き合うかとか、海猫食堂のおばちゃんの死とか、どうしても病労苦関係のところで目頭が熱くならずにいられなかった。
というのは今私の現実でおばあちゃんが病床に臥せってて、死へ向き合う人間を毎日観ているから。
ばあちゃんと言っても義理だし、すごく仲良しってわけでもない。自分の身内でも祖父母はじめ家族の死に5人たちあってる・それでもやっぱり、自分の知っている人がこの世からいなくなるかもしれないという不条理は、いつまでたっても慣れない。
そういうやりきれなさを、それをこの作品みたいにこれから先、できるだけ穏やかに受けとめていけたら、って思いました。

そういった人間の機微が、ディテールが、鎌倉の街並みとともに丁寧に描かれてて、ああこれ映画でゆっくりみたいなあと思ったら2015年に映画化されるということで!


映画『海街diary』公式サイト | 2015年初夏全国公開。








どんな感じになるんだろう映画。鎌倉にも行ってみたいな。




脅威の愛すべきだめんずアーティストー村上護「放浪の俳人 山頭火」

抹茶です。
脅威のだめんずアーティスト、あるいはなんという哀しい「揺れ動く」才!
村上護「放浪の俳人 山頭火」を読了して思った感想がそれ。



種田山頭火は「分け入っても分け入っても青い山」「うしろすがたのしぐれてゆくか」など、自由律を大成させた人物として名高い俳人。昭和戦前〜戦後をまたいで活躍。
何度かブームが来る人らしいんだけど最近では福山雅治ダンロップのCMで起用されていることからまたブームが再燃しておるようですな。

私自身も中学校の教科書で尾崎放哉とセットで習って以来、句作とともに彼の破天荒な人生にずっと興味を持ち続けていました。
ここでは評伝を読んでの私なりの山頭火の人となりについての感想、そして改めて彼の句作が今なお人に愛されるわけをざくっとログしまっす。


天性の「愛され系だめんず」な山頭火

村上護の山頭火伝では細かな資料をもとに、山頭火の生い立ちから生涯までをきめ細やかに描写しています。
そこから伝わる彼の人物像は、
・憎めない人柄、
・自分に自信がもてない
・感受性が強い
・酒だけが彼を酔わせる
・奢り喬ぶりを嫌う

特に父竹治郎の遊興癖や母の投身自殺など、山頭火のその後の人格形成に一生の影を落とした出来事がかなしい。自己肯定感の低さ、神経衰弱、酒への耽溺、そして幸か不幸か句作の才にそれらが色濃く表れてます。

にしてもマジメ系クズとはこの人のことなんじゃないか!
酒が入るとダメになる。世帯をもってもひとところに留まれない。造庵をするといってまた放浪に出る。
師匠の萩原井泉水や俳人仲間で医者の木村緑平がいなければもっと早くダメになってただろうな。
本書を6合目まで読んで「緑平もう山頭火にお金貸しちゃらめえええ造庵なんてムリだからこいつ絶対また遁走するから!」って思ったもん。私なら貸さない。

そんなにだめんずなのになぜか山頭火の周りには人が集まる。俳句仲間から行脚の途中で知り合った夫婦、幼子まで。きっともてはやされながらも自身の奢りと喬ぶりをきらった山頭火のナチュラルボーンな人の良さが大きいんでしょうね。
女子校で講演を頼まれて困り果て、ひとこと「これが山頭火です」と言って壇上を駆け下り、女子学生がクスクス笑ったというエピソードが微笑ましい。




「クラインの壺=禅的正見=選択的武装解除」山頭火の句の魅力とは

山頭火の句作が時代を超えて今なお愛される理由も、本書を読んで垣間見えた感じ。
それは「よろけ」を含めた「ありのままの我を受け入れる」行程にあるんじゃないかなあ。

うしろすがたのすぐれてゆくか

本書ではこの句を用いて「山頭火が自分自身の背中を見つめる域に達している」と評している。
これはもちろん比喩。穂村弘が「短歌は多様なようでいて、実は皆ただ1つのテーマについて詠んでいる。それは『ただ1回きりのかけがえのない我』だ」と「短歌の友人」の中で述べている。
これは多分ほかの詩歌など創作活動にもあてはまるんじゃないかな。
で、山頭火にとっては行乞行脚と句作しか、哀しき「我」を俯瞰し、きりはなす術がなかったのではないかな。
この詩歌創作を通して我が我をみているような錯覚、「我の俯瞰」は、穂村弘同「短歌の友人」では「クラインの壺(=メビウスの輪)」と表現されている。
山頭火が晩年入った禅仏教でも「正見(しょうけん)」という言葉がある。それは「ものごとをあるがままに見る」という悟りの状態だ。
晩年の山頭火はそのとおり「時に澄み、時に濁り」ながらも山川草木と一体になるかのように、みえるものをあるがままに詠む。そこには「よろけ」はあっても、自己をより良くみせようより良い句を詠もうという気負い、自己防御といったものは感じられない。
穂村弘はそのようなノーガードで我を見る、棒立ちの我をみるといった短歌を「選択的武装解除」と表現している。
この「選択的武装解除」つまり「ありのままの我を受け入れる」ことこそが、日本人の、人間存在全体の目指す至高の状態なんじゃないかなあ。
山頭火の自由律を読むと、よけいなものがはがれてく感じがするのはそのせいかも。人気の理由は他の人もそのはがれの心地よさを感じているからかも。



蜘蛛は網張る私は私を肯定する



あとがき

山頭火の評伝をここまでくっきりと書くには当然ながら山頭火の資料だけではだめで、当然その周辺の人物や情勢の細やかな資料も丹念に検証する必要があったでしょう。さらに飽きずに小説のように読ませる村上護氏の筆力はすげーなーーと畏敬の念とともに読み進めてました。
読んでよかった。でもちょっと急ぎ足で読み進めちゃったのでもっかい読み直したいな。



尾崎放哉をモチーフにしたこの小説も読みたいです。




2014年10月6日月曜日

エロ神がかってる5編――川上弘美「なめらかで熱くて甘苦しくて」

抹茶です。
川上弘美は同じ作品でも「なんとなく好き」って人と「うけつけない、抽象的すぎて何言ってるかわからない」って人の声が半々に聴こえる作家だなと思う。
作品にもよるけれども詩歌に近い読感が自分に合うか合わないか。ちなみに私は好きなほうです。



さて「なめらかで熱くて甘苦しくて」は「性欲」をテーマにした5編からなる短篇集。
インタビュー(『なめらかで熱くて甘苦しくて』 (川上弘美 著) | 著者は語る - 週刊文春WEB)でも述べられているとおり、これまで性愛の「気持ち」の部分が中心に描かれてきたのに対し、もっと生理的な、本能に近い「性愛」について描写してみようという試みだそうです。

おなじみ川上弘美の文体で淡々と連なり、直接表現はないのにそれがかえって神話中の神事の交合みたいになってて最後の編では濁流に流されあわわわわ。

以下、収録されている5編のざくっとあらすじ紹介と私の感想です。ネタバレはなるべくないつもり。


**

aqua 
女子2人の小中学校への成長につれてまとわりつく性と死との話。
話の中心にいる田中水面(みなも)の周りには彼女を好いてくれる男子もいるのだけど、読感としては「あたし、前世の記憶があるの」という田中汀(みぎわ)のほうへセクシュアルさを伴った関心がむいている。


*たしかにこの時期って異性より少し大人びた同性のことが気にかかるのよね。
水面は自慰もおこなっちゃったりするんだけど性への実感がともなわない。その彼女に母と父との間に起きたある出来事で、「性」が急に現実的な重力をともなって彼女を少し昏くする。この感じが大人になるってことなんだろうか。



terra
突然事故死した「加賀美」の骨をもって、同い年で同じ大学に通っていた「私」と、彼女と性的つきあいがあった男性、沢田が彼女の実家へ旅をする話。


 気がつくと左手首をくびすじのあたりに当て、もてあそんでいる。一人では体がからっぽのような気がして、すぐにあなたを求める。
 あなたの部屋に入ってたたみに横ずわりする。体の下の方がからっぽだ。はやくあなたにみたされたいと、体が思っている。気持ちで思うよりも、体で思うほうがこのごろは強いようだ。
 こんなふうになってる自分が不思議だ。あなたがいなければ死んでしまう、というようなものではない。あなたを愛する、というものともちがう。ただあなたがほしくて、あなたと体を重ねたくて、それは性欲というものよと、いつか誰かに言われた。



といった詩歌的な幽玄なモノローグと現実のやりとりが行き来するかなり独特なストーリー進行。
最後読んで「えっ!?!?」ってなって、もっかい1から読みなおした。


*モノローグの部分って、沢田が「なんかあいつ、すさまじいところがあったんだよなあ」っていうところの「すさまじいところ」だったのかなあ。現実世界の日常会話はわりと普通にできるのに、自分の中に底の抜けた柄杓があるような、いつまでも満たされない部分があるようなそんな感じ。それをセックスと、その行為を通した誰かで満たそうとしてたのかなあ。そんな感じはなんとなく私にもあります。




aer
「とてもやわらかくて垢がたまりやすくて熱くてよくわめく」ものを身ごもった「わたし」。
それまで「酒と煙草と辛いものをこのんでいた」わたしがすっかりつくりかえられ、子どもによって変えられた世界に独特の表現方法でおそれおののくサマがおかしい、5編の中間の箸休め的作品。

*これまで読んだ川上弘美の登場人物のなかで一番地に足ついていてポップでファンクでキャッチーだと思う。ホラ川上さんの女性って「なんだかよくわからないままに」「あわあわと」まるまっちゃったり蛸とビール飲んだりセックスしちゃったりするじゃん。

ただの「私」を騙るものが、「私」はコドモをよろこびに満ちて受け入れるのよ~、コドモはかわいいものなのよ~オ~ソ~レミオ~~という「ふり」をしているだけなんじゃないか

とか、

神(©日本及び世界全般)

とかとか。


ignis
伊勢物語を参考にしたというこの物語。千葉のクラブで知り合った元ホステスの「わたし」と青木の2人暮らしの物語。
ignisというタイトルのとおり火のような嫉妬がお互いを焦がし光を発して傷つけてしまったり、わたしが知らない「流し」についていっていたしてしまったり、性欲をともなう性欲という言葉だけでは表現できないものが付随している内容です。


*読んでいる最中は何が起こるかわからず不穏でびくびくついていってる感じ。犬が噛み付いて傷つけてくるけどそれは現実の犬じゃなかったり光を放ったり、現実語りと抽象性とが入り混じってきます。
これ伊勢物語読んだらちゃんと内容と表現がリンクするのかな。




mundus
洪水の被害にあう一家のクロニクル的な物語。
ある一家のものに洪水にながされて「それ」が訪れる。自分がこんなに女にだらしがないのはそれのせいだと二人の愛妾のもとへ向かう祖父、それが家にあがるのをいやいやながら見る祖母、家出をしてあやうく列車の中で女たちとともに糊になる母、座敷に寝転んでそれと溶けあい体を痙攣させる兄、それをうらやましくみつめる子供。

*旧約聖書や古事記みたいな神視点で淡々と語られる、小説というよりもう詩歌に近い作品。
一文字空白、一行明けではなく/(スラッシュ)で、短い場面場面をつなぎあわせたような構成。
mundus (宇宙)を暗示するかのように、混沌が洪水のように押し寄せる。

子供の母が家出をして飛び乗った先の列車で女たちが糊状のかたまりになってゆく描写で、


あたしたちもう帰らなくていいのよこんなになっちゃえば帰りたくても帰れないし迎えにこられてももう誰が誰なんだか。



ってとこなんか初期の「蛇を踏む」っぽい。そういう寓話性は共通してるんだけども。それをもっとまがまがしく精緻に描いてる感じ。
正直これこのままでよく編集者OK出したな、それって何を暗示してんの、ってかこれって小説なの、おいてけぼりになる人いるんじゃないのこれ、いや正直私おいてけぼりなんですけど、とハラハラしながら読んだ。

川上弘美は穂村弘との対談集「どうして書くの?」の中で、「気づいたらこんな話になってた」という自動筆記型だと自分で言ってた。
先のリンクでも「性欲について書けば書くほど抽象性を帯びていく」とも言っていたので、川上弘美が5編書き連ねていく中で自身の根底に見つけた「性欲」周辺の手触りが、この「mundus」そのものなのかもしれない。
あるいは川上弘美の中にある「すさまじいもの」が、川上弘美の手を借りて書かせているのかもしれない。


**

ちなみに5編の表題はそれぞれラテン語で水、土、風、火、宇宙だそうです。

それにしても川上弘美さん(今更さんづけ)って著者近影で見るかぎり性欲とは無縁そうなつるりとした顔をしてるんだけど、なんでここまでほのえろいものを感じかけるんだろうなあと思ってたら、実生活でも洪水のような体験をされていたようで……(ここには書かないので気になる人はぐぐってみてください)。
川上さんのすさまじいものがもうちょっと読めるのかなと下衆くぞくぞくしつつ、もう初期の頃のような毒の抜けた平穏なエッセイももう書かれることはないのかな、と思うと、ちょっと残念でもある。









これも気になりやす。川上弘美が伊勢物語書いてる。同じ内容?

「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」(2014年11月刊行開始)収録内容発表! | トピックス | 河出書房新社

2014年10月4日土曜日

甘くてビターな 「恋しくて」ー村上春樹編訳 感想


読了しました~。いずれもどこか一筋縄ではいかない、不穏さを内包したラブストーリーアンソロジー10編です。
8、9割は良い読後感。それぞれの感想を少しずつログします。






愛し合う二人に代わって
イラク侵攻のための出兵が始まり、派遣される兵士とその恋人に代わって代理結婚のアルバイトを引き受けることになった学生男女の物語。
「等量の愛情。これがそういうものなのか?いや、ぴったり等量である必要なんてない。等量に近ければそれでいいじゃないか。」

テレサ
教室の斜めうしろからいつも見つめているあの娘、帰り道のあとをひっそり尾けていったら…というお話。
アル中で太り気味であることにコンプレックスを感じている主人公の男子が、あこがれの恋から一気に地にひきずりおろされ軽く絶望するも、それでもそこからまた何かがたちのぼりそうな、甘酸っぱく爽やかなラストです。


二人の少年と、一人の少女
いわゆる「横恋慕」系。博学だけど皮肉屋の主人公の男の子が、親友の留守のあいだその彼女とナイトドライブを楽しみます。
ラストは彼女の残酷な仕打ちと、彼女の愚鈍さを逆手にとった主人公のクレイジーな仕返し…。
甘酸っぱい系です。


甘い夢を
同棲を始めたばかりの初々しい恋人たちに忍び寄る不穏な男。
恋愛の炎に燃える真っ最中の若い2人には今この瞬間この相手しか目の前にいないこと、しかしいずれ破綻した自分の過去のその熱情を懐かしむような遠い目で思い出す日がくること、恋愛のナウアンドゼンの特徴を描いた作品です。
主人公の彼女のイキっぷりが見事。

L・デパードとアリエットーー愛の物語
村上春樹があとがきでも書いてる通り、短編なのに一大叙事詩みたいな広がりを見せちゃってるストーリー。
最初はロリータみたいな少女と大人の男性のちょっとイケないプール練習を覗いているようで映画的。
中盤、主人公男性のでデパードがアリエットの父親から無残な制裁にあい街に投げ捨てられるも、そこからデパードとアリエットの交錯する人生がなんかもう大河です。
2人の息子の名前が「コンパス」ってのはいいなと思いました。彼を中心にデパードとアリエットが、顔をもう合わせることはないんだけどつながってるという。

薄暗い運命
10編中もっとも短くヤマなし、オチなし、イミなしでどす暗く、救いがない物語。私の好きなやつです。
そうそう恋愛ってこんなにもディスコミュニケーションで勝手に根拠なく至福感を感じられるものだよなあ。


ジャック・ランダ・ホテル
10編中読むのを中断した唯一の作品。どうしても頭に入ってこなかった。
若い女を追って家を出た夫と、それを追いかけて彼の近くに引っ越してきた妻。妻は身分を隠して夫と奇妙な文通を始める、という内容らしいっす。
あとがき読んだらこれだけ翻訳家柴田元幸氏ご推薦らしい。

恋と水素
アメリカで実際にあった気球船の水素爆発事故をモチーフに描かれたフィクション。
唯一の同性愛の物語です。
恋人が乗客のハスっぱ娘に色目使われて嫉妬しながら、その恋人の懐中時計をパンツの中に含ませて作業に向かっちゃう描写なんて可愛い。



モントリオールの恋人
後天的に不倫になった恋を、女が意外な手をつかって終わらせるという物語。
「まだ完全に始まっていないものをうまく終わらせるって、そう簡単なことじゃないもの」
そうだね。

恋するザムザ
村上春樹の描きおろし恋愛短編。
ねえおにいちゃんなんで村上春樹に出てくる主人公はみんな自分の意思とは反して勃起してそれを目の当たりにした女の子は最終的にそれを受け入れるん?
カフカの「変身」をモチーフにしたものだそうですが変身読んでなくても楽しめました。これセカイ系や。
素直なんだけどちょっとお脳が足りてない感じのザムザくんと口が悪くて男気あふれるせむしの彼女のやりとりが愛らしい。
がんばれザムザくん、まずはパンツを履くところから学習だ!


10編中あきらかなハッピーエンドは最初の「愛し合う2人に代わって」の1作のみ。
個人的には総じてビターだなと思いますが、おもしろかったです。



  

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