2015年2月11日水曜日

いびつで美しい利他の聖書、そして分岐後の「私」−近藤ようこ「五色の舟」




ミーハー卯野です。読みました。

この物語のジャンルを規定するのは難しい。
家族ドラマととる人もいるだろうし、SF、哲学、社会風俗、戦争の物語とも読める。

つまり私が今まで読んだことのない、どこにもなかった物語で、それでも人間の利他を表す聖書としてずっと後世に残るんだろうと思います。
美しい世界でした。

以下あらすじと感じたことザクっと。
ネタバレありますので楽しみにしたいかたはお控えなすって。



五色の舟は平成26年度文化庁メディア芸術祭漫画部門大賞受賞。
津原泰水という小説家の短篇集「11eleven」収録中の「五色の舟」を漫画化したもの。


あらすじ


舞台は戦時中の山陰。
見世物興行で糊口をしのぐ、身体のどこかに欠損のある血のつながらない家族たち。
未来を予知するという幻獣「くだん」に会うため、一行は山口県の岩国を目指す。
日本の敗戦を予言するくだんを前に、和郎と桜は、そして家族が選択した未来とはーー。



感想


・利他をつらぬく家族が美しい

冒頭で書いたように、読む人のバックボーンでひっかかりどころがそれぞれ違いそうな物語。でもおおもとの根底に流れるのは「家族愛」だと私は感じます。

脱疽(だっそ、壊死)を起こし両足を切断した歌舞伎の女形役者、雪ノ助(お父さん)。
小人症だけれども怪力の昭助。
シャム双生児で片割れを失った少女、桜。
膝の関節が逆についている女性、清子。
そして生まれつき両腕がない少年、和郎。

作品はこの和郎の視点で語られます。



特に好きだったのはクライマックスのこのシーン。

日本に爆弾が落とされ敗戦を予言する「くだん」。その爆弾により真っ先に命を落とすのは和郎と桜だ、とくだんは言います。
雪ノ助と清子は和郎と桜が命を落とさない世界へと導くようくだんに頼みます。
くだんはこう訊ねます。

「本当は分かっているのですがご納得いただくため
その手続きとしてお尋ねします
おふたりをどういった世界にお連れしましょうか」



「和郎が学校に行けるところ!」

清子は躊躇もなくこう即答します。

「ふたりが長く幸せに生きられる世界だ」

雪ノ助が付け加え、最後に口のきけなかった桜が、言葉をふりしぼるようにこう叫びます。

「みっ…」
「みんなも!
ほかのみんなも幸せに!」

ああ、この家族は、血はつながっていなくても、五体満足でなくても、家族としてこんなにも完璧な形をなしている、と感じたシーンでした。


・分岐前に取り残された「私」

くだんの背中にのって和郎と桜はふたりが爆弾で命を落とさない世界、別の分岐へと移行し命をながらえます。

その世界では日本はアメリカの原爆投下によってではなく、上層部への死病蔓延による戦闘不能によって無条件降伏。GHQの司令官は日本軍の爆撃を受けて片腕と片脚を欠いた姿で飛行機のタラップを降りてきます。

この世界では雪ノ助は義肢によってふたたび人気女形役者として再び舞台でその美しい姿を見せます。

清子は膝関節を直し、女優として人気を博します。

昭助はその姿のまま、大漢にも負けない人気プロレスラー「ドワーフ昭助」に。

和郎と桜のふたりは「原爆ドーム」にはならなかった産業会館前を通り、それでも分岐前の五色の襤褸(ぼろ)をかけて舟で暮らしていた家族の時間を思い出します。

和郎は桜に、ふたりだけにしか聴こえないやりかたでこう語りかけます。

「犬飼先生はお父さんに心の置きどころの問題だといっていたよ
だとしたらくだんは僕らを運びきれなかったんだ
運びきる前に死んでしまったんだ」

だって僕らの気持ちは相変わらずあの悲惨な世界にある
やがて爆弾によって終わってしまう短く虚しい世界だったのかもしれないが

こちらの世界のかりそめの自分が死んだら
また心はあそこに戻っていくという
確信めいた想いから僕らは逃れられずにいる


「胡蝶の夢」「マトリックス」「並行世界」の考え方は昔からあるわけですが、和郎と桜にとっては全員が生き延びて離れ離れに活躍するこの世界よりも、たとえ爆弾で死んでしまっても家族5人がさいごまでいっしょにいられる世界のほうが「ほんとうの世界」なわけです。
分岐のどちらを「かりそめ」「ほんとう」とするか、果たしてどちらが幸せなのか。


・くだんの存在感・造形がGOOD

くだんの存在と話している内容がSF的かつ哲学的でした。
内海の航路の分岐の転換器の役割を果たす生物装置なんだってよ。どうやったらそんな発想でてくるんだろうね。


・「五色の襤褸」の意味


ラストまで読みきって改めて表題「五色の舟」にたちもどると、その意味がすごく染みてきます。

五色の襤褸は清子さんが余りものの布をつぎあわせて作った舟に書ける日除けなんだけど、それがかかる舟を和郎は土手から見下ろして「一番幸せな時間だ」という。
五色の襤褸はつぎはぎだらけの、いびつな布たちがより添いあって出来上がったもの。
見目も悪く、規格品ではないものだけれど、色とりどりで、まさしく和郎たち家族の有り様を表しているんだと思います。

分岐後の世界の川に、そこにはもうない五色の舟を思い出す和郎。舟には身体が欠けたままの家族が和郎に視線を向けているところで物語は終わっています。



おわりに

kindle版と紙媒体の両方が出ています。
Kindle版は紙の半額近くなのですが、近藤ようこさんの柔らかい筆致はうーん紙で読んだほうが味わい深いのではないかなーと思います。
でも面白かったので詠まれるならどちらでもおすすめです。
いつか子どもにも読ませたいな。

他のマンガ部門ノミネート作をまったく読んでいないので、「これが一番すばらしい!」とか批評家みたいなことは全然言えません。それでもこういうきっかけでこの作品にあえて良かったなと思っています。

だって読んでから一週間経っても、ラストを思い出してじんわり涙が出てくる。





おまけ

1.余談ですが雪ノ助のモデルとなった女形役者かな?という方を発見しました。
壊死がすすんでも舞台に立って活躍されたそうで、すごい。

澤村田之助 (3代目)

2.原作とマンガではラストが違うそうです。
津原泰水の原作短編も読んでみたいぞ。




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